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えっと、『お玉おばさんでもわかる政治のお話』での文章がきっかけとなり、自分がこのBlogを始めようと考えた課題の一つ、「自衛隊」「軍隊」について少しずつ書いていこうと思います。
ただ、非常に大きなテーマですので、議論があっちいきこっちいき、昨日の考えが今日は別の考えになり、勘違いや言葉足らずの部分もたくさん出てくるかと思います。
皆さんの意見をいろいろ参考にしながら、自分の考えをだんだん明確にできるといいなと思っています。
今回は、以前から私が違和感を感じていた、伊藤真氏の「軍隊は国民を守らない」という意見を、『マガジン9条』の『伊藤真のけんぽう手習い塾』第6回の内容を引用しつつ、考えていきたいと思います。
この『憲法が目指す平和主義』という文章には、あちこちで引っかかりがあるのですが、その中でも一番違和感を覚えたのが以下の、『常識としての軍事学』という本からの引用部分です。
正直、私は「軍隊が国体や文化伝統を守る」という回りくどい表現を他であまり聞いたことがありません。
伊藤氏はこの部分以外にも、『常識としての軍事学』を根拠に、あちこちで「軍事の常識」という言葉を使っていますが、いくら元自衛官の方が書かれた本とはいえ、この本の解釈が軍事専門家の間で一般的なものであるかどうか、ちゃんと下調べした上で引用されているのでしょうか。
私はシンプルに「軍隊は国家を守るものである」と思っています。ですから、「軍隊は国民を守る」ではないという部分については伊藤氏と同じ意見ということになります。
しかしながら、国家というのは、一般的に領土、国民、主権の三要素からなり、また、民主主義国家というのは国民主権だと言われます。
であるならば、民主主義国家によってコントロールされる軍隊も国民の意思の元で行動するものであり、また、軍が守るべき国家の中には、当然のように国民も含まれている、と私は理解していました。
(では、その理念が実践されているか、という議論はここでは行いません)
伊藤氏は、バックナンバーの文章を見る限り「一人ひとりが大切にされる」ことに非常にこだわっているようです。
一人ひとりができる限り大切にされることは当然です。しかしながら、社会には様々な利害があり、国民すべてが100%納得できるような「一人ひとりが大切にされる」方法は存在しないでしょう。そこでできることは、少しでも多くの人が満足できる最大公約数的な「大切さ」であるべきですし、為政者が目指すべきは、それが最大の公約数になるための努力です。
そして、最大公約数の満足しか達成できないことは、軍隊も同じです。他となんら変わることはない。なのに、なぜ、軍隊にだけ、あり得もしない「100%の満足」を求めるのでしょうか。
「軍隊が国民一人ひとりすべてを最優先で守る保証はない」という表現と、「軍隊は国民を守らない」という表現は、言葉は似ているようでも、その意味は天地ほども違うのです。
ですので、「私たちの命や財産を守ってもらうために軍隊が必要」という考えのどこが「軍事の常識から外れてしまっている」のか、私にはさっぱりわかりません。
そして、伊藤氏の文章が「じゃあ外国が攻めてきたときに何が自分たちを守ってくれるのか?」という不安に対する「丁寧かつ明快」な答えにもなっているようにも思えません。
伊藤氏は「一人ひとりが大切にされる」ことにこだわるあまり、たとえその保証が80%でも、50%でも、ないよりはマシと考える人がいるのではないかという視点を忘れたまま(あるいは意図的に無視したまま)議論を進めているように思えるのですが。
ただ、非常に大きなテーマですので、議論があっちいきこっちいき、昨日の考えが今日は別の考えになり、勘違いや言葉足らずの部分もたくさん出てくるかと思います。
皆さんの意見をいろいろ参考にしながら、自分の考えをだんだん明確にできるといいなと思っています。
今回は、以前から私が違和感を感じていた、伊藤真氏の「軍隊は国民を守らない」という意見を、『マガジン9条』の『伊藤真のけんぽう手習い塾』第6回の内容を引用しつつ、考えていきたいと思います。
この『憲法が目指す平和主義』という文章には、あちこちで引っかかりがあるのですが、その中でも一番違和感を覚えたのが以下の、『常識としての軍事学』という本からの引用部分です。
「それでは軍隊が何を守るのかというと、国体、または日本の文化伝統ということだそうです。ひとり一人ではなくて抽象的な国を守るというわけです。」
正直、私は「軍隊が国体や文化伝統を守る」という回りくどい表現を他であまり聞いたことがありません。
伊藤氏はこの部分以外にも、『常識としての軍事学』を根拠に、あちこちで「軍事の常識」という言葉を使っていますが、いくら元自衛官の方が書かれた本とはいえ、この本の解釈が軍事専門家の間で一般的なものであるかどうか、ちゃんと下調べした上で引用されているのでしょうか。
私はシンプルに「軍隊は国家を守るものである」と思っています。ですから、「軍隊は国民を守る」ではないという部分については伊藤氏と同じ意見ということになります。
しかしながら、国家というのは、一般的に領土、国民、主権の三要素からなり、また、民主主義国家というのは国民主権だと言われます。
であるならば、民主主義国家によってコントロールされる軍隊も国民の意思の元で行動するものであり、また、軍が守るべき国家の中には、当然のように国民も含まれている、と私は理解していました。
(では、その理念が実践されているか、という議論はここでは行いません)
伊藤氏は、バックナンバーの文章を見る限り「一人ひとりが大切にされる」ことに非常にこだわっているようです。
一人ひとりができる限り大切にされることは当然です。しかしながら、社会には様々な利害があり、国民すべてが100%納得できるような「一人ひとりが大切にされる」方法は存在しないでしょう。そこでできることは、少しでも多くの人が満足できる最大公約数的な「大切さ」であるべきですし、為政者が目指すべきは、それが最大の公約数になるための努力です。
そして、最大公約数の満足しか達成できないことは、軍隊も同じです。他となんら変わることはない。なのに、なぜ、軍隊にだけ、あり得もしない「100%の満足」を求めるのでしょうか。
「軍隊が国民一人ひとりすべてを最優先で守る保証はない」という表現と、「軍隊は国民を守らない」という表現は、言葉は似ているようでも、その意味は天地ほども違うのです。
ですので、「私たちの命や財産を守ってもらうために軍隊が必要」という考えのどこが「軍事の常識から外れてしまっている」のか、私にはさっぱりわかりません。
そして、伊藤氏の文章が「じゃあ外国が攻めてきたときに何が自分たちを守ってくれるのか?」という不安に対する「丁寧かつ明快」な答えにもなっているようにも思えません。
伊藤氏は「一人ひとりが大切にされる」ことにこだわるあまり、たとえその保証が80%でも、50%でも、ないよりはマシと考える人がいるのではないかという視点を忘れたまま(あるいは意図的に無視したまま)議論を進めているように思えるのですが。
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あのぉ、自分も勉強不足なので、あくまで私見なんですが、カネジさんに強く同意します。
あと、軍隊が国民の生命と財産を守るなんて誰が言ったんですかね?国民の生命と財産を守る義務があるのは、軍隊ではありません。その義務があるのは、国家=政府です。軍隊は国家というシステムの中の一組織でしかありません。国家は、外交、軍隊、警察、消防などさまざまな権利と組織を保持していて、それらを有効に活用することによって国民の生命と財産を守る義務があると思ってます。
“軍隊は国民一人一人を守ってくれない”と言う意見は、軍隊の事を勘違いしている人か、意図的にミスリードを誘っている人が多いのでは?
あのぉ、自分も勉強不足なので、あくまで私見なんですが、カネジさんに強く同意します。
あと、軍隊が国民の生命と財産を守るなんて誰が言ったんですかね?国民の生命と財産を守る義務があるのは、軍隊ではありません。その義務があるのは、国家=政府です。軍隊は国家というシステムの中の一組織でしかありません。国家は、外交、軍隊、警察、消防などさまざまな権利と組織を保持していて、それらを有効に活用することによって国民の生命と財産を守る義務があると思ってます。
“軍隊は国民一人一人を守ってくれない”と言う意見は、軍隊の事を勘違いしている人か、意図的にミスリードを誘っている人が多いのでは?
by: とりにく * 2006/02/03 08:03 * URL [ 編集] | page top↑
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同意です。
リンク元を読まないという愚行をしながら発言をしますが、軍隊が一人一人の生命を守らないという話は災害救助の話と似ていると思います。
災害救助で、例えば自衛隊が救助を行っていて、その場所で更なる災害の危険(地震の場合の余震など)がある場合、救助活動を安全が確認できるまで止める事があります。これは、現状の被害者を助ける為に救助を行っている人が被災することを避ける為です。
確かに、救助を待っている人やその人と関わりの深い人は救助を止めることを嫌がるでしょうが、他方仕方ないと思うでしょう。それと変わりがないと思っています。
また、軍隊に属していても彼らも人間(しかも、ほとんどの場合同じ国民)です。一般国民一人を守る為に同じ国民でもある軍人が10人なくなった場合、彼らはそれを望んだ結果とするのでしょうか?
同意だけでコメントを終えるのもなんなので、カネジさんの『少しでも多くの人が満足できる最大公約数的な「大切さ」』を具体化してみました。
同意です。
リンク元を読まないという愚行をしながら発言をしますが、軍隊が一人一人の生命を守らないという話は災害救助の話と似ていると思います。
災害救助で、例えば自衛隊が救助を行っていて、その場所で更なる災害の危険(地震の場合の余震など)がある場合、救助活動を安全が確認できるまで止める事があります。これは、現状の被害者を助ける為に救助を行っている人が被災することを避ける為です。
確かに、救助を待っている人やその人と関わりの深い人は救助を止めることを嫌がるでしょうが、他方仕方ないと思うでしょう。それと変わりがないと思っています。
また、軍隊に属していても彼らも人間(しかも、ほとんどの場合同じ国民)です。一般国民一人を守る為に同じ国民でもある軍人が10人なくなった場合、彼らはそれを望んだ結果とするのでしょうか?
同意だけでコメントを終えるのもなんなので、カネジさんの『少しでも多くの人が満足できる最大公約数的な「大切さ」』を具体化してみました。
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マガジン9条は毎週水曜日にのぞきに行っておりますが、インタビュアーのそこの浅い質問や強引な展開に毎度苦笑させられています。
伊藤氏の場合は、その経歴や憲法に対する知識から考えて、意図的にミスリードしていると思われても仕方が無いでしょう。
マガジン9条は毎週水曜日にのぞきに行っておりますが、インタビュアーのそこの浅い質問や強引な展開に毎度苦笑させられています。
伊藤氏の場合は、その経歴や憲法に対する知識から考えて、意図的にミスリードしていると思われても仕方が無いでしょう。
--コメントありがとうございます--
とりにくさん、紗穂瑠さん、ちいくまさん、コメントをありがとうございます。
戦争を憎むことは大切だと思いますが、だからこそ、マスコミに登場するような方には、冷静かつ客観的に戦争や軍隊の問題点を取り上げてほしいと思います。
ただ、軍事力というのは、他の国家権力と異なった特殊な部分を持っているのも事実で、おそらくそういった点が拒否反応的な取り上げられ方をする原因の一つでもあると思います。
その点を理解することが、軍隊反対派との議論の糸口ではないかと思いますので、いずれそういうエントリーも書きたいと思います。
とりにくさん、紗穂瑠さん、ちいくまさん、コメントをありがとうございます。
戦争を憎むことは大切だと思いますが、だからこそ、マスコミに登場するような方には、冷静かつ客観的に戦争や軍隊の問題点を取り上げてほしいと思います。
ただ、軍事力というのは、他の国家権力と異なった特殊な部分を持っているのも事実で、おそらくそういった点が拒否反応的な取り上げられ方をする原因の一つでもあると思います。
その点を理解することが、軍隊反対派との議論の糸口ではないかと思いますので、いずれそういうエントリーも書きたいと思います。
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